西成区の歴史を読み解く:旧今宮村を中心に

19世紀の西成郡今宮村の地図(動画より)

西成区と「あいりん」とは別の概念

西成区の地元の人や土地勘のある人にとって、うんざりさせられること、嫌な思いをして悲しむこととしてよく指摘されること。それは、「あいりんの一部の人による否定的現象と西成区全体を同一視され、西成の地名が何かとんでもないものの代名詞扱いされること」。

動画では、あいりんの成立過程についても触れています。行政によって、木賃宿が現在の浪速区日本橋(旧大坂三郷)から、当時市外の今宮村だった現西成区の地域に移転させられたことが発端だということ。現在の西成区域はそれまでは平和な農村地帯だった、天下茶屋は高級別荘地として発展していた、しかし木賃宿の移転によって没落の始まりとなったと、『今宮町志』にはっきりと書かれていると指摘しています。

「元々の地域の人のことはお構いなしに振る舞う、よそから来た人たち」によって起こされたいわゆるあいりん問題や、それに派生して起きた「あいりんと西成区を同一視すること」による西成区に対する否定的なイメージなどは、「行政によって作られたもの」ということになります。

この指摘は、全くその通りです。

あいりんの課題については、大阪広域の都市課題、また日本社会の構造の問題として、国・府・市のそれぞれの立場から総合的・重層的・広域的に取り組むべきものです。

しかしあいりんの課題を「たまたま問題が顕在化している地域が、現在の行政上では西成区にあたる地域にもかかっているから」といって、西成区独自の課題扱いで押しつけ矮小化することが、1990年代までまかり通ってきました。このことであいりんの課題についても曖昧になり、西成区への風評被害をも生み出すことにもなります。

西成区については、とんでもない・けしからん誤解が、外からの人間によって、故意ともいえるような手法で広められてきました。

よそから来て「あいりんの枠でくくられるような、ネガティブないしはセンセーショナルな現象」をあおり立てたうえでそういう現象を面白おかしく「西成」呼ばわりし、「西成区」のことには何の興味もなければ地域への理解も全くないのに、まるで事情通かのように振る舞うというのが、なぜか次々と現れてきました。

そういう人たちによって、「あいりんの人・あいりんでの現象」だけが西成区のすべて、あいりんと西成区とを同義扱い、それどころか「西成」の地名は「あいりんでの現象」の別称ないしは蔑称、たまたま行政上の西成区の範囲で起こった事件でも「西成」と過剰に騒いで「西成区だからガラが悪いに決まっている」とばかりの地域ヘイトに結びつけるなどといった、間違った印象操作がまかり通ってきました。

一部のあいりん支援団体、一部マスコミ、またそれに乗せられたアングラマニア・アウトローマニアなどが、また近年では「西成特区構想」なるものを掲げる大阪維新の会が、そういう卑劣な地域差別・地域ヘイト同然の行為をおこなってきました。

土地勘がないところかまともに資料を調べようともしない「知ったか」や「よそ者」が、元々の地元の人よりも詳しいかのように偽装して、一面的な思い込みだけでデマを煽るなど、けしからんことであり、とんでもないことです。

そしてこういったデマの流布により、土地勘のない一般の人にもデマや勘違いが広まるという状況も生まれました。

西成区の住民や、土地勘や地縁がある人は、地域ヘイトともいえるようなデマに心を痛め、機会あるごとにデマ打ち消しを図っています。しかしいくらデマの打ち消しを図っても、デマを振りまきたい側は執拗にデマを振りまき続け、住民などが嫌がってきた経緯があります。

「西成」「あいりん」と思い込みだけで適当なことを吹いている、大阪維新の会の信者、一部のあいりん支援団体関係者、一部マスコミなどには、声を大にしていいたい。西成とかあいりんとかいいたければ、この動画や関連資料をじっくりと理解してから、正しい認識に基づいて発言すべきでしょう。