大阪城公園の教育塔

教育塔
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大阪城公園内の南西側に「教育塔」があります。

教育塔

教育塔

1934年9月21日朝に近畿地方に最接近した室戸台風。最接近は、ちょうど学校の始業時間帯と重なっていました。

当時は予報の精度も今に比べて低く、また台風による臨時休業の仕組みもなかったことで、大阪府内や周辺では、登校していた児童生徒や教職員や、台風による雨脚の強まりを心配して子どもを迎えに来た保護者が、木造校舎の倒壊に巻き込まれて死傷する事故が多発しました。

全体的な被害としては、室戸台風により学校で命を落とした児童は600人以上、教職員は25人いたとされています。

大阪市内では、東成区(現在は生野区)の鶴橋第二尋常小学校(現在の大阪市立北鶴橋小学校)、旭区(現在は城東区)の鯰江第三尋常小学校(現在の大阪市立今福小学校)、旭区(現在は城東区)の鯰江第二尋常小学校(現在の大阪市立聖賢小学校)、住吉区の住吉尋常小学校(現在の大阪市立住吉小学校)など多数の小学校で、甚大な被害が出ました。

大阪市外でも、豊津尋常小学校(現在の吹田市立豊津第一小学校)、三宝尋常小学校(現在の堺市立三宝小学校)など、多くの地域で児童や教職員が被害に遭っています。

室戸台風を機に、大阪の学校では従来の木造校舎メインから、鉄筋コンクリート校舎への建て替えが進んだとのことです。

災害を受けて、大阪の教育界は、室戸台風で死亡した児童や教職員を追悼し、このような災害が起こらないよう祈念する目的で、記念碑の建設を発議しました。児童や教職員・一般市民からの寄付を原資に、1936年11月に教育塔が設置されました。

戦前は帝国教育会が管理していましたが、戦後は日本教職員組合に管理が引き継がれ、無宗教形式で追悼行事がおこなわれるようになりました。

室戸台風のほか、学校災害で死亡した児童生徒や教職員についても合葬者に加えられています。また対馬丸事故・天六ガス爆発事故・日航機墜落事故など校外で多数の児童生徒が犠牲になった事件での死亡児童生徒、公害に起因する病死児童・生徒、伊勢湾台風・宮城県沖地震・阪神大震災・新潟県中越地震・東日本大震災・集中豪雨などの災害での死亡児童・生徒・教職員についても、特別合葬者に加えられているそうです。

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