旧町名継承碑「東今船町」

東今船町

大阪市西成区天下茶屋北、天下茶屋東交差点(旧今船ロータリー)の北西角に、旧町名継承碑「東今船町」があります。

旧町名継承碑「東今船町」

碑文を見てみます。

東今船町

 当町は明治初頭、西成郡今宮村の一部であった。大正一四年四月大阪市に編入され西成区東今船町となった。昭和四八年一一月住居表示の実施にともない天下茶屋北一~二丁目、天下茶屋東一~二丁目のそれぞれ一部となった。

町名は旧字名と昔当地付近まで海浜が迫り船舶の出入りが多かったという伝承にもとづく。冠称の「東」は阪堺電車により今船町を東西に二分しその東側にあたることによる。

平成七年一二月 大阪市西成区役所

河川が運ぶ土砂の堆積作用により上町台地の西側に土地が形成され、その土地が「西側にできた土地」というニュアンスで「西成」と呼ばれて郡名になり区名になっていますが、現在の西成区もかつては海岸沿いにあたる地域でした。

西成区では、今船の他にも、この場所からやや北側の現在の萩之茶屋付近に入船・甲岸・海道といった旧地名もありますし、区南部には岸里の地名もあります。いずれも、海岸沿いの地域だった痕跡を後世に残す地名だと考えられています。

この場所のすぐそばには阪堺電車の今船駅があります。今船駅は1980年、南海平野線の廃止に伴い、近隣にあった南海平野線飛田駅の代替として開業しました。今船駅開業時点では今船の旧地名は住居表示整理でなくなっていましたが、近くに今船ロータリーがあったこともあり、旧地名の今船が駅名として採用されたようです。

この場所のすぐ東側にあった今船ロータリー、現在は天下茶屋東1丁目交差点という普通の丁字路の交差点ですが、1990年代頃まではロータリーでした。今でも「(旧)ロータリー」と通称されることもあります。

かつての都市計画では、堺筋はこの場所からさらに南下し、阪堺電車の軌道敷に沿って紀州街道に合流する計画だったようです。しかしこの計画は中断されているようです。

旧今船ロータロー

あべのハルカスがバックに見えています。

天下茶屋東交差点(旧ロータリー)は、北側からきた堺筋の終点となります。東側が地下鉄阿倍野駅方面・西側が地下鉄花園町駅方面の都市計画道路津守阿倍野線と東西で交わります。