史跡 天下茶屋跡

史跡 天下茶屋跡

今の住居表示では西成区岸里東2丁目、天神ノ森天満宮のすぐ近くに、史跡「天下茶屋跡」があります。

史跡 天下茶屋跡

かつて、太閤秀吉が住吉大社や堺への往来の折、この地にあった屋敷で休憩し茶を頂いたという故事があります。この屋敷が「天下の茶屋」や「殿下の茶屋」という意味合いで「天下茶屋」と呼ばれ、周辺の地名へと転化しました。

いわばこの場所が、もっとも広くとらえた場合は西成区の中部~東部の大半と、阿倍野区西部の一部を指す、天下茶屋の地名の発祥の地です。

鉄道唱歌・関西参宮南海編にも、天下茶屋のことが詠まれています。

64番

治まる御代の天下茶屋 さわがぬ波の難波駅 いさみて出づる旅人の 心はあとに残れども

しかし太平洋戦争の戦災で焼失し、現在は旧敷地の北西端にあった蔵などのみを残しています。跡地の大半には、現在はマンションなどが建っています。

天下茶屋跡

天下茶屋跡

看板