ここに砂場ありき

「ここに砂場ありき」――本邦麺類店発祥の地の碑 大阪市西区、新町南公園

「ここに砂場ありき」――大阪市西区新町2丁目、新町南公園の片隅に立つ石碑。

「ここに砂場ありき」――本邦麺類店発祥の地の碑 大阪市西区、新町南公園

砂場…公園によくある砂場なのでしょうか。ここ街区公園ですよね。何らかの施設などの跡地・歴史ゆかりの地などに記念碑を立てることはあっても、公園の砂場を撤去したくらいで跡地を示す記念碑を立てるのかな、大阪人は冗談好きだとは言われるけどいくら何でもそんな手間も金もかかる冗談をする人がいるのかなと「???」となるかもしれません。

実はこれ、別に冗談で作ったものでも何でもなく、歴史や文化に関係していたのです。

石碑の裏には「本邦麺類店発祥の地 大阪築城史跡・新町砂場」と書かれています。

「砂場」とは児童公園の砂場のことではありません。大阪城築城の際、この地に築城に必要な砂利などの資材が置かれたことから、この地が「砂場」と呼ばれるようになったということ。

そしてこの砂場の地に築城工事に携わる人が集まり、その人たちを対象にした蕎麦屋が開業しました。

その蕎麦屋は地名をとって砂場と呼ばれ、後には江戸(東京)に移って江戸蕎麦の老舗「砂場」となったということ。砂場は藪・更科とともに、江戸蕎麦の三大老舗と位置づけられているということ。

なるほど、江戸蕎麦のルーツの一つは、意外にも近世大坂にあったのですね。