御勝山古墳と石碑

御勝山古墳

大阪市生野区の御勝山古墳。

御勝山古墳

元は前方後円墳だったといわれ、中臣氏の祖「大小橋命(おおおはせのみこと)」の墓という伝承もあります。

現在は後方の円墳の部分だけが残っています。古墳を横切るように勝山通が通り、通りの両側の御勝山公園と御勝山南公園がそれぞれ古墳跡だとされています。

古くは「岡山」と呼ばれていたそうですが、1615年の大坂夏の陣に際して、徳川秀忠がこの地で戦勝の宴を催した故事から、「御勝山」とも呼ばれるようになりました。周辺の地名は「勝山」ですが、勝山の地名も「御勝山」が変化したものです。

御勝山古墳

「史蹟 岡山 又 御勝山」と記された石碑。裏側に回ると「昭和十四年 大阪府」と記されていました。大阪府が1939年に建立した石碑のようです。

御勝山古墳の石碑