旧町名継承碑「小田町」

旧町名継承碑「小田町」

浪速区の旧町名継承碑「小田町」。

旧町名継承碑「小田町」

碑文です。

旧町名継承碑「小田町」

 当町は明治初頭、西成郡難波村大字難波の一部であったが、明治三〇年四月大阪市に編入され南区難波大字難波の一部となり、同三三年四月難波小田町となった。大正一四年行政区画の変更により浪速区に編入され、同月小田町となった。昭和五五年一一月住居表示の実施にともない、小田町は塩草一~三丁目の各一部となった。

町名は、難波村の田畑地域で小田と呼ばれていたことに由来する。

平成九年三月 浪速区役所

現在の浪速区のおおむね北半分は、大阪市編入前は難波村でした。現在の難波の範囲は難波駅周辺の繁華街を指し中央区側にもまたがっていますが、難波村の範囲とはかなり異なることになります。

1897年の大阪市の第一次市域拡張で、難波村は大阪市に編入され、南区になりました。

1925年の大阪市第二次市域拡張の際、従来の市域でも区の再編がおこなわれました。南区から、1897年に編入された地域を中心に、浪速区・天王寺区が分かれることになりました。

浪速区は旧難波村、旧今宮村、旧木津村、旧西浜町の区域で設置されました。1943年には日東地区や幸町を編入し、現在の区域になりました。

小田町の地名は旧字に由来するとのことで、田畑が広がっていた農業地帯からついた地名だということ。市街地化された現在では農業地帯の痕跡はみられませんが、農村だった痕跡が地名に残っていたことになります。