生根神社「こつま南瓜塚」

生根神社「こつま南瓜塚」2015年12月撮影

大阪市西成区玉出の生根神社には「こつま南瓜塚」があります。

生根神社「こつま南瓜塚」2015年12月撮影

現在の地理では西成区南部、玉出・岸里・千本の3地域は、約100年前の大正時代までは「勝間村(こつまむら)」と呼ばれていました。

勝間村は現在の生根神社を中心とした環濠集落となっていて、村の産業は木綿や農作物でした。大坂市街地と堺との間では一番大きな集落で、村の財政も豊かだったと伝えられています。

勝間村で作られていたかぼちゃが「勝間南瓜(こつまなんきん)」です。現在流通しているような西洋カボチャとは、少し違った形や味わいが特徴です。

大正時代以降、西洋カボチャの普及や地域の都市化に伴って栽培されなくなったそうですが、近年に「再発見」され、少しずつ栽培されているということです。

こつま南瓜塚は、江戸時代の飢饉の際、村の人がカボチャで飢えをしのいだという故事から、命を救ってくれたことに感謝しようと建てられたのが始まりだと伝えられています。

生根神社では、冬至の祭として「勝間南瓜祭」がおこなわれています。冬至にカボチャを食べる風習は各地にありますが、生根神社では近年、参詣者に振る舞うカボチャとして、勝間南瓜と小豆の「いとこ煮」を出しているということです。