放鳥銃定限記碑・鉄砲鍛冶射的場跡

放鳥銃定限記碑・鉄砲鍛冶試射場跡の碑

堺市堺区、南海本線七道駅前ロータリーに設置された記念碑。「放鳥銃定限記碑」と「鉄砲鍛冶射的場跡」の碑が並んでいます。

放鳥銃定限記碑・鉄砲鍛冶試射場跡の碑

解説文をアップで。(クリックすると拡大)。

放鳥銃定限記碑、鉄砲鍛冶射的場跡

中世に鉄砲が伝来し、堺は鉄砲の生産地となりました。

江戸時代になっても堺で鉄砲の生産が続けられ、鉄砲を製造する鉄砲鍛冶が集住する地域となっていました。

それに伴い、堺の七道浜には鉄砲の試射場が設けられていました。「鉄砲鍛冶射的場跡」の碑は元々その場所に建てられていました。

「放鳥銃定限記」の碑は1914年頃、大和川の水路開削工事の際に発見されました。1664年頃に砲術家・川名金右衛門忠重によって作成されたものとみられ、この人物にとっての鉄砲の師匠である小濱民部丞嘉隆への賛辞と鉄砲試射場の由来が記されています。

その後碑は堺市に寄贈され、ザビエル公園に移されましたが、1991年に発見場所に近い七道駅前に移されました。