関目神社と「関目発祥の地」の碑

「関目発祥の地」の碑

大阪市城東区成育5丁目、大阪地下鉄谷町線関目高殿駅、および京阪関目駅・大阪地下鉄今里筋線関目成育駅からほど近い場所にある関目神社です。

関目神社(2019年6月)

関目神社(2019年6月)

神社正面には、城東区役所が作った解説板も。

解説パネル

解説パネル

スサノオノミコトを祀っている神社ということ。ヤマタノオロチを退治した伝説で知られている神です。

神社境内に「関目発祥の地」の碑があります。

「関目発祥の地」の碑

「関目発祥の地」の碑

古くはこの地付近は榎並荘といわれ、関目の地名も古くから伝わっていました。

この地に見張所が置かれたということで、目で見る関所というところから関目の地名ができたとのこと。中世・近世には、大阪城に通じる道の見張所としての役割を果たしたとのことです。

江戸時代には関目村となっていました。明治時代に、関目村(現城東区)・野江村(現城東区)・内代村(現都島区)が合併し、東成郡榎並村(のち町制施行で榎並町)となりました。関目は榎並村の大字となりました。

榎並町は1925年の大阪市の第二次市域拡張で大阪市に合併し、東成区となりました。1932年には東成区北部が旭区に分区し、この地も旭区となりました。

1943年には大阪市の行政区の再編により、旭区は縮小し、南半分が東成区北部と合併して新設の城東区となり、また西側が北区東部と合併して新設の都島区となりました。それに伴い、旧榎並町のうち内代が都島区、野江・関目が城東区となりました。

関目神社所在地の現在の住所は成育となっていますが、これは住居表示実施の際に「成育小学校区」から採られた町名ということ。