千人つかと平和地蔵尊

千人つかと平和地蔵尊

大阪市旭区の城北公園。淀川の堤防上に「千人つか」と平和地蔵尊が建てられています。

千人つかと平和地蔵尊

千人つかと平和地蔵尊(2019年撮影、大阪市旭区)

太平洋戦争の戦中に数回にわたっておこなわれた大阪大空襲。1945年3月の空襲が有名ですが、ほかにも8月14日の終戦前日まで数回にわたっておこなわれました。

1945年6月7日昼間(記録によると11時8分から12時28分の1時間20分)におこなわれた第三次大阪大空襲では、大阪市北東部を中心に大きな被害をもたらしました。死者は数万人にものぼったということ。城北公園では、避難していた近隣住民や近くの工場に勤労動員されていた女学生へ執拗に機銃掃射が加えられ、被害が甚大だったとのことです。

うち、身元不明者千数百人分を、淀川の河川敷で荼毘に付したとのことです。

この空襲の悲劇から74年になります。再び戦争の惨禍を起こさないためにも、一人一人が考えていく必要があります。