摂津国分寺跡

摂津国分寺跡の碑
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大阪市天王寺区国分町、「摂津国分寺跡」の碑があります。大阪市顕彰史跡第54号です。

摂津国分寺跡の碑

摂津国分寺跡の碑

大阪市教育委員会が立てた解説パネル。

摂津国分寺跡 解説パネル

摂津国分寺跡 解説パネル

摂津国分寺の正確な場所については、実は諸説あって具体的にはよくわかっていないようです。

この碑のある天王寺区には昔から国分町という地名が伝わっていました。また北区の長柄にも国分寺という地名が古くから伝わり、現行の住居表示でも北区国分寺の地名があります。さらには現在の中央区森ノ宮中央付近にも国分町の地名があったそうです。

その一方で、遺跡・遺物の出土状況を勘案すると、断定とまでは至っていないものの、現在の天王寺区にあった可能性が有力なのではないかと推定されています。

この地は近世までは東成郡生野村に属していたものの、1897年の大阪市第一次市域拡張により、生野村に属していた地域のうち城東線(今の大阪環状線)の内側が大阪市に編入され、南区生野国分町となり、その後行政区の変遷や住居表示実施を経て、天王寺区国分町となりました。